金持ちで暴君的な父を持ち、その私生児として生まれたポール・セザンヌは父の強い希望で大学で法律を学び父の所有する銀行で働いた。しかし、画家になる夢を捨てきれず22歳の時に反対する父を説得し絵を描くためにパリに出た。
彼は初期にはかなりエロティックな作品を描いたりしていたが父に似て頑固者で気難しく、神経症的な疑い深い性格だったために、変わり者との風評が立った。
しかし、何年も努力を重ねた結果、自分なりの手法をマスターし、ついには19世紀最大の画家のひとりとして名を成した。
印象派の画家たちとの交際を通じて自然を描くことを学び始めたが、やがて全く新しい絵画表現を創出し、のちに”モダンアートの父”と称されるようになった。
彼は円熟期のほとんどを、遠く離れたプロバンスで一人制作にうちこみ、その生涯を芸術にささげた。
名声は遅れてやってきた。1895年の個展で、彼の天才ぶりはだれの目にも明らかとなった。1906年絵の制作中に嵐に打たれ、67歳でこの世を去った。
印象派と呼ばれる人たち「セザンヌ」。 |
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