この作品は、1829年のローマ賞コンクール歴史画部門への応募作である。
残念ながらベザールとヴォシュレの前に破れ、2等質(1828年は大賞授与がなく翌年に二人が受賞)に終わった。ロジェがローマ大賞を獲得するのは4年後のこととなる。
ローマ賞コンクールに定められた大きさ(114×146cm)で制作されたこの作品の構成は、パリ国立美術学校の学生に与えられた試験がどのようなものであったのかをよく伝えている。革命の後の1797年に復活されて以来、32人がローマ大賞という比類ない栄誉を授かってきた(1801年にはアングル)。主題は古代ギリシア・ローマの歴史や伝説から取られるのが一般的だったが、歴史画の大きな主題の源泉である聖書から出題される場合もあり、1829年はその4回目であった。ちなみに、これまでの聖書からの出題は1806年の『放蕩息子の帰還』、1813年の『ヤコブの死』そして1821年の『サムソンとデリラ』であった。
この作品におし)て、ロジュは、父ヤコブと息子ベンヤミンを中心とするピラミッ下型の群像に活気を与えるためにフリーズ状の構成から自由になろうとしている。また人物たちの感情は表情にではなく(その表現は貧しくひじょうに因襲的である)、身振りの中に印象的に表されている。ロジュはやがてアングルの様式を手本とするようになるのだが、ここでは、まだエルサンやアペル・ド・ビュジョルの影響下にあり、形態の柔らかさやアクセントのない色調などが特徴となっている。
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