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西洋絵画美術館 世界の名画









Gallery Aoki 
レプリカ 
印象主義
クロード・モネ 1840〜1926     前のページに戻る

印象・日の出

1873制作 油彩 カンバス 48x63cm  マルモッタン美術館蔵

モネ 印象・日の出

 風刺新聞『シャリヴァリ』に掲載した会話調の酷評にモネが展示した海景画≪印象、日の出≫のタイトルから「印象派展」と見出しを付け、次のように書いたのである。「印象か。確かにわしもそう思った。わしも印象を受けたんだから。つまり、その印象が描かれているというわけだな。だが、なんという放漫、なんといういいかげんさだ!この海の絵よりも作りかけの壁紙の方が、まだよくできているくらいだ。」

この≪印象≫で、モネは柔らかい筆触と透き通るような色使いでル・アーヴルの港の朝の印象を描き、幾層にも割れた灰色の色調の中に太陽の反射のオレンジ色だけを大胆な筆触で厚く盛りげた。船のマスト、そして煙突のシルエットが霧の中に消えているとはいえ、これらが具象的な構造、垂直線と対角線による構図をつくり、平面を構成して生命を与・えている。この大づかみなタッチ、一瞬の知覚を直接カンヴァスに映しとったスケッチのような絵は、観客にとっては実にけしからぬことであり、野蛮で先練されていないと感じられた。

 初めはグループを嘲笑するための名前だったものが、まもなく認められてきた。
風刺新聞『シャリヴァリ』にその記事が出た数日後、その若い画家たちに好意を持つある批評家は、次のように書いている。「一語で彼らの意図を特徴づけようとすれば、印象派という新しい概念をつくるべきだろう。彼らは風景を描写するのではなく、そこから彼らが受けた印象を描き出すという意味での印象派である。」
 
今日の我々は印象派を革命的な破壊、あるいは1人の比類なき画家の業績としてではなく、19世紀前半から繰り返し登場していながらも、モネとその友人たちによって初めて、それまでなかった急進的な姿で形成されてきた理念、技巧、観察が大きく発展したものと捉えている。その場合の「印象」とは、文字どおりチラッと目を投げた瞬間という意味での一目で、風景や1つのモチーフを捉える、ということである。そのような一瞬の間に、目があれこれの詳細まで見ることはできない。個々の窓や建築物の装飾を知覚したり、流行の帽子か品位のある顔かなどを判別するのは、たっぶり時間をかけて、例えば家や大勢の通行人を目でじっと観察することによって初めてできることである。
 ところが、そのように脳が目に追いつくと、最初の印象は消え去り、その位置を経験、習慣あるいは空想が占めてくる。ところが、印象派の画家たち、特にモネにとっては、カテゴリーや伝統的な規則に分類しない最初の印象、見たままの新鮮さが大切なのである。
 
モネは目を開けて、光を通して再現された色のある物質、表面、空気を見、その印象をカンヴァスの上に描き出す。ポール・セザンヌは友人モネを「彼は眼である。しかし、なんという眼だろう!」と言ったが、この表現は、モネの中心的な関心事を明確にするため、繰り返し引用されている。後にモネ自身が述べているように、この瞬時性を再現することが彼の生涯の課題だった。
しかし、それはモネを常に絶望に駆り立てることでもあった。そもそも一瞬で消えてしまうものを固定するということは、克服することのできない物理的限界があるからである。