西洋絵画美術館
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「大水浴図」

ポール・セザンヌ  1906年 油彩 カンヴァス 208.3x251.5cm 
フィラデルフィア美術館


Paul Cezanne
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 これは,セザンヌの絵画のなかで最大のものであり,またもっとも本格的な様相を示すゆえに彼の構成の理想の,そして古典的モニュマンタリテの,19世紀におけるその凋落の後の復活の−例として,しばしば引用されている。
だが,彼の作品のなかでは,明確な対称性と木と川の三角形に裸体を適応させる点で,例外的なのである。ここには,緊張した形態に対する追求,セザンヌの女性についての不安と関わりのある過剰に決定された秩序があると,私は思う。それは美しいけれど,最大の人体と最大の凝集性が両側のより小さなピラミッドのなかにあるゆえに,この構図は,典型的なルネッサンス的ピラミッドではない。普通は主要なものによって満たされるところの中央部は,空虚であるかあるいは強調されておらず,その項部は,画枠によって切りとられている。ここの三角形は,かつての荘厳なデザインというよりは,もう一つ別の表現性を帯びた,抑圧の形態なのである。
 この絵の形式主義は,生涯を通じてのこの問題との関わり合いの絶項である。30年間,水浴する女たちの絵において,彼は,傾斜した木によって閉じた三角形のなかに裸体を配列し,一方,男子の裸体は,両側が開き,二つの大きな人体(そのうちのひとり,あるいは時折両方とも,後ろ向きである)に同じような重要さを与えるところの,aBaBaというリズムのなかに,あまり密度を高めずにまとめた。
 これらの二つの構想が,主題についての別々の感情のなかで生まれたものと考えられる。男の裸像は,セザンヌがしばしば回顧している少年時代の重要な部分にさかのぼる。すなわち,ゾラやその他の友だちたちと一緒に,川岸で,泳いだり,遊んだり,話し合ったり,詩を朗読したりした楽しい日々のこと、詩では,女たちがロマンティックな空想の対象であった。裸女の群像(その姿態は,美術学校で描いたモデルや,ルーヴルの彫像などのポーズを繰り返して描いたものであるが)は,その極度の形式性と閉鎖性のうちに,彼の芸術のなかでユニークな強烈な緊張を暗示している。
 これは,もっと早くは1860年代に,≪聖アントワンヌの誘惑≫における肉感的な裸体の三角形のなかに見いだされる。この伝説的主題と,≪水浴する人たち≫(裸体であることは,エピソード的な意味をもたない)との間には,流れの対岸のひとりの釣り人と二人の水浴する人を含めて,裸女と着衣の男との,ある現実的な空想が存在する。彼の心悩ます空想から自己を解放して,セザンヌは,初期のエロティックな主題を,より悩みのない古典的な対象である裸体へと変化させた。裸体の固定的な姿勢と非エロティックな肌は,美術学校と美術館の凍てついた世界からとられ,純粋にそれらを彼の芸術の道具だてにしたてるのである。
 しかし本来彼の心に巣くう不安のあるものが,調整の手段の放窓と強烈さのなかに反映している。
 この絵画の雰囲気は,みかけないが美しい−風景は,全体的に青っぽく,やわらかいもやがかかり,そのなかに空と水と木が溶け合い,それによって堂々と描かれた人物は,微妙に陰っている。
 肉体の色調もまた美しく,きわめて薄い,水彩のような塗りで描かれる。それらは,≪ヴァリエの肖像≫の袖のようであり,驚くべき灰色を帯びた稀有な輝きのある色調である
 
 
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ゴッホの手紙  世界に広がる印象主義


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