西洋絵画美術館
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「赤いチョッキの少年」

ポール・セザンヌ  1890年頃 油彩 カンヴァス 92x73cm 
個人蔵
(ポール・メロン夫妻)

Paul Cezanne

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 これは,愁いをふくむ若者を描いた後期に属する油絵の一つである。少年が頭蓋骨をわきにしてテーブルの前に座っているもう一つの作例がある。ここでは,もの憂い姿勢と斜めに重く垂れるカーテンによる閉じた包囲が,憂鬱な夢想のムードを,その主題を指し示すことなしに表現している。その材質が身の回りの重苦しげなカーテンに似た衣服を着た少年は,その空間に押し包まれているように見える。赤いチョッキも,このムードの要素の一つである。この強い色彩の例外的な中核は,散発するのではなく,冷たい紫色へと移ってゆく。襟飾と腰帯の青は,暗く灰色味を帯びる。片手を腰にあて,片手を下にさげた,裸体画の常套的なクラシックなポーズ,くつろいだ動勢のポーズと瞬間的休止は,受動的で弱々しい姿勢となっている。力の抜けた生気のない腕に対比してみると,脚の釣り合いのとれた傾斜の繊細さと,カーテンの反復する斜めの塊量の力とがはっきりする。背の高いメランコリックな,もの悲しい優雅さをもつ人体は,内省と懐疑によって活動が阻止されたところの16世紀のイタリアの富裕階級の肖像を思い起こさせる。
少年の相貌は,そこはかとないけれども,繊細に描かれる。われわれは,彼の内気と悩める内的生命に気づかずにはおれない。うすく引かれた唇は,遠くの空を飛ぶ鳥の翼のようである。
 この感情の渋い調子は、実にセザンヌにとっては重要である。対照的に,この絵は,われわれが盛期ルネッサンスの巨匠たちのうちに貴著する形態のあの高貴な大きさと,そしてセザンヌ独自の,生動する筆づかいによって実現された色彩のすばらしい響きと生命感によって,生き生きとし,力強いのである。これは明瞭に配置され,形式化された構図であり,そこにおいては,少年のしなやかな身体の,それ自体で均衡のとれた構成が,その反面で,変化交替する対照性のうちに,カーテンと椅子の長いリズミカルな形態に対して,対立している。
左では直線のカーテンは,右では曲線である。少年の身体は,左でいっそう曲折し曲線を描くに対して,右では硬直している。このきわめて想像的な構図は,きわめて慎重に考え抜かれ,直接的な印象にほとんど負うところがない。しかし色彩と輪郭線の細部はそれらの無限の変化のうちに,視覚世界に対して見開いた,探究的で感覚的な目を,如実に示している。
 
 


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