ヴァティカン美術館

荘厳な「神の家」と「美の遺産」

 ローマ市西部にある世界一小さな国、ヴァティカン市国が誇るヴァティカン美術館は、”歴代教皇の美の遺産”である。
サンピエトロ大聖堂とヴァティカン宮殿を擁する荘厳華麗な[神の家]その一画に居を構え、カトリック教徒の頂点に立つローマ教皇は、14世紀以来、この宮殿を信仰と美の殿堂とすべく全力を傾けてきた。歴代の教皇たちは、ルネサンス美術の最大のコレクターであり、スポンサーとして、宮殿を富と権力の象徴である美術品で埋めつくしていったのである。ヴァティカン美術館とは、ヴァティカン宮殿内にある、24の美術館の総称。部屋数にして1400、面積は5万㎡以上。
 現在の美術館の中核が築かれたのは1508年、教皇ユリウス2世の時代。25歳のラファエロに、「余の居室の壁に、神学と哲学を主題に壮大なフレスコ画を描いてほしい」と依頼し、『聖体の論議』『アテネの学堂』の大作が完成した。ユリウス2世は、まるで競わせるかのごとく、システィナ礼拝堂の天井画として『天地創造』を、33歳のミケランジェロに描かせた。そして、25年後、教皇クレメンス7世は58歳のミケランジェロに、システィナ礼拝堂奥の祭壇の壁に『最後の審判』を依頼した。その後18世紀にクレメンス14世とピウス6世は、古代彫刻を、19世紀にはピウス7世が古代口ーマの遺品を集めている。
 この美術館が一般に公開されたのは、18世紀後半。『ベルヴェデーレのアポロン』や『ラオコーン』像などの古代彫刻が並ぶピオ‥クレメンティーノ美術館をはじめ、1932年開館の絵画館には、レオナルド・ダ・ヴィンチやカラヴァッジオらのルネサンス期の傑作が集う。
年間200万人の来館者を魅了してやまないヴァティカン美術館は、カトリック2000年の歴史が生みだした至高の美の殿堂である。

展示室

展示作品

作品 アダムの創造
作家 ミケランジェロ
製作年 1512年
サイズ 280x570cm
技法 フレスコ 天井画(システィナ礼拝堂)

「ネ申は自分のかたちに人を創造された」というり旧約聖書J「創世記」の一節を、ミケランジェロは伸ばされた神の右手と、受け止めるアダムの左手の間の、絶妙としかいいようのない仕草で表現した。
生命がまさに与えられようとする一瞬の緊張感。神が左腕に抱えた女性は、イヴだという説もある。
初々しいアダムに対し、威厳に満ちた神の像は、その後、男性の理想像として、ミケランジェロの作品に受け継が‘れていく。この場面は天井のほぼ中央部にあり、『イヴの創造』が隣に描かれている。

作品 最後の審判
作家 ミケランジェロ
製作年 1536~1541年年
サイズ 14.4x13.3m
技法 フレスコ 壁画(システィナ礼拝堂)

 カトリックの総本山ヴァティカン宮殿には、教皇専用の”聖なる祈りの場所”がある。システィナ礼拝堂。この礼拝堂に、1541年、歴史に残る1枚の壁内が完成した。描いたのは、当時66歳のミケランジェロ・ブオナローティ。
彫刻家として、画家として、そして建築家としてもルネサンス芸術の最高峰に立つ巨匠である。ミケランジェロは、29年前、同礼拝堂の天井に『天地創造』などを描き、すでに「神のごときミケランジェロ」と賞賛を浴びていた。そして、今度は堂内でも最重要とされる祭壇の壁に絵筆を走らせ、約5年の歳月をかけ、ただ一人で縦14・4m、横13・3mの大作を完成させたのである。

教皇クレメンス7世と、その遺志を継いだ教皇パウルス3世の依頼で描かれた作品の主題は『最後の審判』。この世の終わりにはキリストが再臨し、天使のラッパですべての死者と生者が集められる。そして、人々は生前の行いによって裁かれ、天国と地獄に送られる……。『新約聖書』に記されたこの教義は、人々を導くために重要視され、古来、さかんに浮き彫りや壁画に表されてきた。しかし、匠ミケランジェロは、その教義を独自の解釈と表現を駆使して描き、絵画史上比類なき『最後の審判』が誕生した。
 古代彫刻を思わせるダイナミックな肉体を持つ、無数の登場人物。彼らは肉体を使って怒りや悲しみ、とまどいの感情を力強く表現している。かねてより、「人間は神の姿に似せて作られたものであり、この世界で真に美しく、また真実を語るものは裸体である」と語ったミケランジェロ。実際に死片を解剖することによって、人体のメカニズムに精通していたため、描き出す肉体には迫力と美が宿った。
 『最後の審判』は、画家ミケランジェロが渾身の力を込めて、自らの美意識と哲学を映し出した晩年の傑作である。

「週間 世界の美術館・ヴァティカン美術館Ⅰ」より引用

作品 アテネの学堂
作家 ラファエロ・サンツイオ
製作年
1510年
サイズ 底辺 814cm
技法 フレスコ 壁面(ラファエロの間)

 遠近法に基づいて描かれた広大な学堂の、焦点となるアーチの下に二人の人物が立つ。右手を天に向け、真理が天にあることを示すのがプラトン。手を前に伸ばし、地上の事物の探求を表すのがアリストテレスである。西洋思想の理想論と唯物論を体現した二人の、精神的な同胞である人々がこの理想の学堂に集う。たとえば画面右下でコンパスを持つのは数学者ユークリッド。画面右手前から2人目は、ラファエロ。さらに中央下で頬杖をつくのは哲学者ヘラクレイトスで、モデルはミケランジェロ。プラトンの顔はレオナルドーダ・ヴィンチの肖像に基づくといわれ、奇しくもこの学堂に、ルネサンスの偉大な三人の画家が登場している。

「週間 世界の美術館・ヴァティカン美術館Ⅰ」より引用

作品 聖体の論議
作家 ラファエロ・サンツイオ
製作年 1509年
サイズ 588x818cm
技法 フレスコ 壁画(ラファエロの間)

雲で二分した上の部分にキリストのいる天国が下には聖体の痴義を論じる教皇をはじめとする、地上の人々が描かれている。この作品がある「署名の間」は、ユリウス2世が重要な書類に署名奈印する書斎だったため、この名が付けられたといわれる。

作品 反逆者への懲罰
作家 ボッティチェッリ
製作年 1481年
サイズ 348.5x558cm
技法 フレスコ 壁画(システィナ礼拝堂)

モーセが、エジプトからイスラエルの民を引き連れて帰郷する際の苦難がテーマ。ボッティチェリは凱旋門を中心に、画面を3分割し、それぞれに異なる事件を描いた。右には、モーセの後継者ヨシュアが、出エジプトに対するイスラエルの民の不満を押さえる場面が。中央には、兄アロンの司祭職を奪おうとした者へ懲罰が下るよう祈るモーセが。左には反逆者たちが。大地に呑み込まれている様子が描かれている。