「ロシアの宝石」エルミタージュ美術館
エルミタージュ美術館は小エルミタージュ、旧エルミタージュ、新エルミタージュ、エルミタージュ劇場、冬宮殿の5つの建物が一体となって構成されており、現在本館となっている冬宮殿はロマノフ朝時代の王宮である。
1764年にエカチェリーナ2世がドイツの画商ゴツコフスキーが売り出した美術品を買い取ったのが、エルミタージュ・コレクションのはじまりである。
エカチェリーナによって冬宮殿の隣に自身専用の美術品展示室が建てられた(小エルミタージュ、1775年)。エルミタージュは当時のフランス貴族が建てた個人的な離宮を意味した。その後もエカチェリーナのコレクションは増加したため、東隣に施設が増築された(旧エルミタージュ、1787年)。なお、劇場も同じ頃に建設されたものである(エルミタージュ劇場、1786年)。
私的なコレクションであり、当時は一般公開されていなかったが、(アレクサンドル2世当時の)1863年に初代館長となったゲデオーノフによって市民も自由に観覧できるようになった。これと前後して新たに施設が増築された(新エルミタージュ、1864年完成)。
1917年のロシア革命後は貴族から没収されたコレクションの集積所となった。1918年には冬宮殿に存在した全ての研究、管理組織を建物共々、エルミタージュ美術館として統合することが決定された。この統合作業は第二次世界大戦後に完了した。1930年代には外貨の獲得を目的に政府によって西側諸国への所蔵品の売却が行われている。
2014年12月、近接する旧参謀本部の建物を改修して新館がオープンし、印象派を中心に展示している。
wikipedia参照
ロマノフ王朝が築いた超豪華絢爛な美術館
ここではコレクションを観ることと同じくらい興味深いのは、その室内の豪華さでです。ロマノフ王朝エカチェリーナ2世によって築かれた王宮としての建築物であり、その室内外の装飾の豪華さは他と比べようがありません。
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展示室1
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展示室2
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展示室3
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展示室4
大使の階段(ヨルダン階段)
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展示室5
ピョートル大帝の間(謁見の間)
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展示室6
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展示室7
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展示室8
展示作品
作品 |
聖家族 |
作家 |
ラファエロ |
製作年 |
1506年 |
サイズ |
72.5x56.5cm |
技法 |
テンペラ 板 |
これはフィレンツェのラファエルが作成した初期の作品です。ここで、アーティスト は日常生活のレベルから人物を解放し、それらを調和と完璧の平面に引き上げます。ラファエル特有の柔らかく流れるようなライン、フィギュアのカラーリングやポーズは、すべて調和のとれたシンプルさと素晴らしさのシーンを作り出しています。伝統から離れて、画家はひげのないセントジョセフを描いたため、絵画の2番目のタイトルとなりました。
作品 |
マドンナリッタ |
作家 |
レオナルド・ダ・ヴィンチ |
製作年 |
1490年代 |
サイズ |
42x33cm |
技法 |
テンペラ 板 |
『リッタの聖母』は、レオナルドがミラノで工房を主催する前後(1481年/1483年 - 1499年)の記録に残っている作品の一つだと考えられている。ウフィツィ美術館が所蔵するドローイングには、1478年にレオナルドが「二点の聖母マリア」を描き始めたと記されており、さらに1482年のレオナルドの工房の目録にも聖母の「ほぼ完成品、横顔」と「完成品、ほぼ横顔」の二点の作品が記載されている。『リッタの聖母』はこのどちらの記述にも当てはまるが、おそらくはレオナルドがフィレンツェに滞在していた時代に制作が開始され、未完成のままになっていた『リッタの聖母』をミラノの工房の弟子たちが仕上げたのではないかといわれている。しかしながら、科学的解析の結果、『リッタの聖母』は一人の芸術家によって描かれた可能性が高いともされている。
作品 |
夜の白い家 |
作家 |
フィンセント・ファン・ゴッホ |
製作年 |
1890年 |
サイズ |
59x72.5cm |
技法 |
油彩 カンヴァス |
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ゴヤ「アントニオ・サラテの肖像」
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ティツィアーノ「 懺悔するマグダラのマリア」
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ラファエロ 「コネスタビレの聖母」
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ラファエロ 「聖家族」
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レンブラント「 フローラに扮したサスキア」
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モネ「庭の女」
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ゴーギャン「 果実を持つ女」
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ゴッホ 「アルルの女たち」