レオナルド・ダ・ヴィンチ (イタリア 1452〜1519)「最後の晩餐」1495〜1497 テンペラ 壁画 420x910cm サンタ・マリア・デッレ・グラツイエ修道院食堂

西洋画美術館>>ルネサンス>>最後の晩餐


レオナルドは「万能の天才」と呼ばれるが、当時は彫刻や絵画、建築などのジャンルを超えた芸術家の活動が当たり前の時代である。
レオナルドがひとり「万能」だったわけではない。それでも、人体解剖、天体や自然の観察、土木工学研究など、飽くことを知らない彼の探求心は余人の追随を許さない。
死後に散逸してしまったとはいえ、スケッチやメモからなるレオナルドの手稿は、残されているだけでも約5000枚にものぼる。
レオナルドのこうした多岐にわたる才能が開花するのは、フィレンツェではなくミラノにおいてであった。
ミラノには、彼の代表作『最後の晩餐』が残されている。
「このなかに私を裏切る者がいる」と語り、静かに運命を受け入れるキリスト。キリストとは対照的に、驚惜と動揺を隠せない十二使徒。ある者は意気消沈し、ある者はわれを忘れて叫び、ある者は哀願するようにキリストを見つめる。
ただひとり身を引いているのがユダだ。(キリストの右手側二人目で後ろを向いている人物)表情や身ぶりによるこまやかな心理描写、3人ずつに分けて構成された絶妙な人物配置、キリストを中心とする明快な一点透視図法による空間の深さ。いずれをとっても、これ以前の「最後の晩餐」図には見られない画期的な作品である。

だが漆喰壁に相性の悪い油や膠で顔料を溶くテンペラ技法で措かれたために、レオナルドの生前からこの絵は傷みはじめた。
1977年からの約20</span>年にわたる修復作業によって画面全体は鮮やかな色彩を取り戻しはしたものの、絵の具の剥落を完全に止めることは不可能だという。
この絵が描かれた食堂は19世紀にはナポレオン率いるフランス軍によって倉庫に使われ、第二次大戦中には爆撃を受けた。
今も形をとどめていること自体が奇跡に等しい、レオナルド生涯のの大作である。

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