ピーテル・プリューゲル(父) (ベルギー1526?〜1569) 「農民の婚宴」 1568年頃 油彩 板 114x163cm ウィーン美術史美術館

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ブリューゲル 農民の婚宴

ブリューゲルがおもに活動したアントウェルペン(現在のベルギー)は当時のヨーロッパで1・2を争う大都会で、都会人たちの間に現代人同様、農民の生き方を再評価する風潮があった。
自然とともに働き、縁日や婚礼でははめをはずして楽しむ、真に人間らしい暮らし。それまでは型どおりにしか描かれなかった農民たちが、ブリューゲルの筆によって一人ひとり個性的な相貌をもつ人間として表わされるようになる。
ブリューゲルも近郊の農村の縁日や結婚式を訪ねたと伝えられるが、本作の右端の修道士と会話する横顔の紳士は、彼の自画像ではないかと推測されている。
納屋のなかの婚宴で、緑の幕の前に座るのが花嫁。花婿は、ヴライというタルトの一種を配っている若者か、左手で酒を注いでいる若者がそうではないかといわれている。
座り込んでお皿をなめる子どもなど、細部描写がじつに楽しい。
ブリューゲルは版画出版業者の下絵作者として出発し、ボス風の寓意版画を多く手がけた。しかしまだ中世の価値観の色濃い時代に生きたボスと、大航海時代の国際都市で暮らしたブリューゲルとでは、描くべき時代の息吹が異なっていた。
ブリューゲルは、イタリア修業への往路帰路でアルプスの高地から雄大な風景と人々の営みを見下ろした体験に啓発され、広々とした大地に無数の人物を配して、ことわざなどの民衆文化を百科全書的に絵解きする油彩画を描く。
1563年からはブリュッセルに移住し、自然風景のなかに働く人々を描いた季節画や、人間の愚かさをユーモラスにえぐる風刺的な作品など新境地を開く。
40代前半で没したらしく、のちに画家として大成する二人の息子を自ら指導した形跡はない。


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