ラファエロ・サンツイオ(イタリア 1483〜1520) 「キリストの変容」1520年 油彩 板 410x279cm ヴァティカン美術館

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フランスの町ナルポンヌの大聖堂の祭壇に捧げるべく、後に教皇クレメンス12世となったジュリオ・デ・メデイチによって、ラファエロに依頼されました。

しかし画家が無数の仕事に忙殺され制作が遅れたため、1517年に枢機卿は2枚目の祭壇画をセバスティアーノ・デル・ピオンボに依頼しました。

「ラザロの蘇生」が主題として扱われ、セバスティアーノはライバル、ラファエロより早く作品を納品したいと考えました。ミケランジェロがこの制作を助け、いくつかの下絵を提供しました。デ・メディチ枢機卿が予想した通り、ラファエロは即座に反応しました。ライバルからの挑戦に触発された画家は大胆極まる構図、「キリストの変容」の図を練り上げ、これまでのように工房の助手達に任ず、ほぼ完全に自らの筆で制作を行いました。

 主題の図像は大変複雑で、福音書の2つのエピソードを暗示しています。上部では、タボール山の山上の光に満ちた空に、「変容」、すなわち神の姿をしたイエスが浮かび上がり、その左右に予言者モーセとエリヤが姿を現します。下部の地上では大げさな身振りで騒ぐ群集の間で使徒達が悪魔に取り憑かれた少年との衝撃的な出会いを果
たします。
 セバスティアーノ・デル・ピオンボとの競争で優位に立つために、ラファエロは変容の場面と取り憑かれた少年の補足的なエピソードを集中的に描き、より激しい感情を描写しようとしました。この場面の挿入はラファエロがライバルの挑戦に応じたことを示しています。
 2枚の祭壇画は、どち
らもメディチ家が特に好んだ聖像である神の治癒者としてのキリストの力を、行為の主軸としています。ラファエロは使徒と悪魔憑きの少年の出会いをキリストがタボール山から帰還した後に起こったエピソードとして描いています。変容と出会いは2つの異なる空間で展開されています。
 ラファエロは祭壇画の伝統的な遠近法構造を離れ、それぞれにルールと俳優が用意された2つの舞台を設定しました。上の場面は左右対称に構成し、人物の身振りは控えめに描かれています。またキリストから発せられる輝きによって色彩が和らいで見えます。一方、下部ではバラバラに配置された興奮した人物達が一杯に描かれ、左から射す光が場面を照らしています。


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