青空の下、古代風列柱が並ぶテラスで今まさに宴たけなわの情景が展開している。
鮮やかな色彩の衣装をまとった人物たちは、およそ100人。画面の左端に座るのがこの宴会の主役の新郎新婦である。
けれども、画面のほぼ中央に正面を向いたキリストが描かれていることに気づくなら、これが単なる宴会風景ではないことがわかるだろう。
「カナの婚宴」は、婚宴に招かれたキリストが水を葡萄酒に変えたという、新約聖書の奇跡のエピソードのひとつである。
ヴェネツィア派の画家たちは、聖書や古代の物語を当時の風俗に置き換えて描き出した。
ヴェロネーゼもその伝統に従い、まるで目の前の舞台で役者たちが芝居を演じているような、臨場感あふれる大作に仕立てあげた。
ヴュロネーゼは、イタリア北東部のヴェローナに生まれた。ヴェネツィア派の流れのなかでは、ティントレットとともに第三世代に属する画家である。
5歳のとき、ヴェネツィア共和国の政庁であるパラツツオ・ドゥカーレの「十人会議の間」天井画を制作するため首都に招聴される。
ラファエロの優美さやティツィアーノの色彩調和を吸収し、古代風の趣味を巧みに取り入れた画風は、すぐさま人文学的素養に優れたヴェネツィアの貴族や文化人たちの心をとらえた。
建築家アンドレア・バッラーデイオ設計の貴族ダニエーレ・パルバロの別荘や、パラツツオ・ドゥカーレの大評議会広間の壁画装飾など、建築と一体化するような大画面作品を精力的に制作する。
60歳で亡くなったときも、パラツツオ・ドゥカーレの大評議会広間のための大作『天国』を構想中だった。
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